さて、ライ◯◯ック系を落穂ひろいというようりはゴミ漁りのような
感じでブログ(複数)を読んでます。ルーティーンに入れると
惰性で読んじゃいます。
読んでて思うのは「こいつら、仕事できないんだろうなー」というのが
感想です。
なんというか、読んでて「なるほど(エウレカ!)」と思うことが、まずない。
先日も本の年間出版点数を挙げて「現在の情報過多の時代に生きることは
すべてを知ることができないことだ」みたいな知性のかけらもないようなエントリ
を読みました。一応、数百人くらいは読者がいるんだろうけど、そんなこと書いて
どうすんの?って感じです。
かつての普遍的にみえた教養が成り立たない中でなお、なにができるかは、
俎上に上げるのに値します。「できません」て、なにがしか高尚風に語ることに
なんの意味があるんですかね。
ネットに晒すのは、読んでもらう人のなにがしかに寄与するものであってほしい
ところです。