給料が変わるならねぇ…。月曜日、超集中しますわ(・∀・)
社会人というのは、ミニマムには「自分のことは自分でできる、家族を養える」
人のことだと思います。もちろん、不自由なところがあってサポートを得ていたと
しても、基本は自立した生き方ができていることでないか。
そして、余裕があれば、普段の身近な関係をもうちょい超えたところにも、
配慮ができる。ボランティアだったり、政治関係への参加だったり。
という認識でいたんですが、もちっとミクロなことなのかもしれないと思うように。
今、ここで一緒に仕事や生活をしている人たちへの配慮なんでしょうかね。
基本的に研鑽を積んだものにしか興味がないんだけど、周りの人たちのささやかな、
それでいて大事なことがらにも、もっと配慮してもいい(するべき)でしょうね。
「周囲と歩調をあわせている」ってことは大事なことなのかもしれないと30年以上
生きてきて最近そう思うようになりました。
自分のしてきたことがよかったかどうかは、公平な第三者にまかせるんですが、
ずっと周囲の状況に対して「それ以上」を望んで、自分にトレーニングを課してきた。
トレーニングを怠っている人間が、それ以上の発言をすることにずっと軽蔑の気持ちを
いだいてきた。
よくも悪くも人間は群れなす動物ですね。平凡な生活においては、同調が一番大事
なんだなーというのが感想でした(・∀・)
本人が望んでいるのか、そうでないのかはわからないけど、難しい生き方をしているなあ、と思うよ。
返信削除もっと適当でいいんじゃねえのかなー。
社会人=所得を得て、自立した生活してる人と認識してたけど、ちょっと違うのかなと思うことがあったんで、書いてみたの。
返信削除書いたきっかけが中日の落合監督(最近の超関心事項)がスズキ自動車の社長から(落合は)地元経済界のパーティーに全然顔出さなくて「よい社会人とは思えないから、落合が監督してる間は中日応援しない」と言われてる記事を読んで「よい社会人てなんなの?」と思ったとか、そんなつまらんことなんだけど(・∀・)