2020年3月29日日曜日
2020年第12週を振り返る
春分の次候。暖かさが段々と増してきたかな。日の出も早くなって、窓から見るグラデーションがきれいだ。「ブルーアワー」というみたい。
季語で「春の夢」というのがあるそうです。今週、見た夢は儚さ的にも季節的にも当てはまるかな。10年以上前の仲間と仲のいい女性と当時に戻った気持ちで過ごしました。もう一つみた夢も時間的には当時。あの頃が一番印象に残っているのか。
桜はまだ咲いてないけど、大学の卒業式は構内の桜が満開だったなと思いだしたり。
新型コロナの状況はどんどん展開していくので、注意が必要。1週間前と状況が大きく変わる(特に世界各地で猛威を振るって、どう我が国に波及するかなど)。
療養生活のような時間を利用して何か新しいことを始めても、投資を回収するくらいのリターンが見込めないかもしれない。今のところ、「お勉強したい分野をリストアップして、Evernoteにまとめノートを作成」が一番よさそうな感じ。
この療養生活で得たものを「ストック」として日常生活に帰還したときに使えるようにしたいなあと思ったり。それは対比的には「遺産相続」したような育ちのよさがないことへの我が特性的に得たものとして。
毎日、リハビリだけで終わると「(人生における現在の)意味や手応え」を求めたくなるものだなあと思ったかな。
計画どおりにいかないときの「修正力」が弱いかなと思ったり。体重が横ばいで今週目標としていた数字が達成できないけど、実行モデルを捉え直して修正→実行が極めて弱いと感じた。ただ、療養生活の趣旨を超えない範囲でね、と。
認識が著しく歪んでいる人について考察。類は友を呼ぶ的に「認識共有」されて強化されるという感想。自閉症スペクトラムはある意味、合理的なので「歪み」とは違うかな。
「尊厳を持ったまま老いる」ということの難しさを秀才の成れの果てを見ていて感じた。得意なところだけに特化していいときと悪いときがあるものだ。
◆自己管理◆
ジム:6回(通年:54回)
禁酒:7回(通年:67回)
車椅子から立ち上がるのが億劫になるような疲労感は何なんだろう?と疑問でしたが、「寝不足」と当たりがついたかな。
私は「寝不足」にすごく弱い体質みたいで、1日のクオリティの低下が著しい。特にダイエットのために夕飯を糖質を抑えると、眠りが極端に浅い。
よって、夕飯は抑えずしっかり食べるとかなりグッスリ眠れます。翌日、快調なので今後も夕飯は制限なしで過ごすことにします。
◆仕事◆
「環境を変える」という観点から仕事では「単身赴任」が今後、大いに有り得るなあと想像。楽しい単身赴任にしたいかな。外部派遣は2回あったから、ないんじゃと思うけど、使えると思われればあるか。そこに単身赴任がプラスされそう。
<人材価値を高めるという名目で、気をつけないと「銭」につながらない自己投資をしてる人が見受けられる。>
と、つぶやいていて、そうだなあと思ったり。隘路に落ちてるとしか見えないかも。
私の場合は今の職業で働くのであれば、お勉強に投資しても生涯賃金は変わらないなあ。
自分の特性を「十全に」生かせれば、優秀な人間の残業時間の半分以下で過ごせるものだなあと。そこに至るまでは獣道かもしれないけど。
◆家族◆
うちの息子は「一芸バカかマルチか」。まあ、0歳児で分かるわけはないけど、どっかで見極めがいるのかもしれないなあ。進路選択のときに。
◆趣味・娯楽◆
今回の骨折が30代前半のレースに夢中な頃でなくてよかったかな。不完全燃焼的にいつまでも引きずったかもしれないから。
◆資産◆
◆その他◆
2020年3月22日日曜日
ケガと入院雑感 3
◆入院生活その2◆
救急車で運び込まれたときから見ると、荷重制限は相変わらずあれど、それ以外はほぼ以前通り。痩せたので前より健康度が上がったかも。
ハリウッドスターが問題起こすと、入院するとか、某歴史学者が「入院して数十年ぶりに落ち着いて物事を考えることができた(大意)」と後書きで書いていたのを思い出しました。
入院生活は「自分のことに没入していい」。社会生活を営んでいると自分の役割(職業人、父親、夫など)を考えて時間配分して対応しますが、外出・面会禁止で外部からの接触がなく尚更没入可能に。ストレスもなく、したいことに集中し、夜は(リハビリ疲れで)よく眠れる。規則的な生活が好きな私には向いてるなあ、と。禁酒も当たり前だけど、1ヶ月以上続いてるし。これがよりホテルチックなサービスがあると「この環境から抜け出さなければ」という気持ちが生まれづらいかもしれません。
旅行は大抵の日本人は日や週単位。入院は月単位で没入できる時間が作れる。海外留学すれば年単位の時間があるにしても論文仕上げるとかで「目的不明な自由な時間」というのはほとんどないと思います。
まあ、こんなある種の戯言が言えるのは、仕事を休んでいてもサラリーマンで給与保証があることと、社会保障が手厚い国だからだというのは認識しています。
◆環境を変えること◆
大抵の人は「自分が救急車で運ばれて数ヶ月入院するかも」という想定と各種の準備はしないもんじゃないでしょうか。私は交通事故への備えはしてましたけど、入院は考えてませんでした。そういう意味では、軽症だったのもあり、強制的な環境変化は新しいフレーミングを得ることになりました。
すなわち「老いと病気」を擬似的に体験することです。言い換えれば、現在の日常生活が維持できない状態になるというのはどういうことかということです。「自由」が大幅に減退して、認識を再構築するプロセスが必要でした。
大抵の人は大学院で勉強するとか、転職するとか自分の人生をプラスにするために自発的に「環境を変える」のかなと思います。そうじゃない環境の変化というのを40歳を超えた現在では備えた方が無難だなという感想です。これからの人生であり得るイベントを想定して備えておく必要があるかな(社会、仕事、家族、その他)。
◆復帰する日常生活◆
ここ数年の日常生活に「胸の踊るような変化がない、飽き気味」だと感じていて、復帰してもそれは変わらないと思います。
ただ、ケガして分かるのはその飽き気味の日常が大事だし、帰る場所なんだなと思います。いずれ、帰れなくなる日が来るまではそこが帰還場所なのはありがたいことだと入院生活の経験で一番感じたことかな。
救急車で運び込まれたときから見ると、荷重制限は相変わらずあれど、それ以外はほぼ以前通り。痩せたので前より健康度が上がったかも。
ハリウッドスターが問題起こすと、入院するとか、某歴史学者が「入院して数十年ぶりに落ち着いて物事を考えることができた(大意)」と後書きで書いていたのを思い出しました。
入院生活は「自分のことに没入していい」。社会生活を営んでいると自分の役割(職業人、父親、夫など)を考えて時間配分して対応しますが、外出・面会禁止で外部からの接触がなく尚更没入可能に。ストレスもなく、したいことに集中し、夜は(リハビリ疲れで)よく眠れる。規則的な生活が好きな私には向いてるなあ、と。禁酒も当たり前だけど、1ヶ月以上続いてるし。これがよりホテルチックなサービスがあると「この環境から抜け出さなければ」という気持ちが生まれづらいかもしれません。
旅行は大抵の日本人は日や週単位。入院は月単位で没入できる時間が作れる。海外留学すれば年単位の時間があるにしても論文仕上げるとかで「目的不明な自由な時間」というのはほとんどないと思います。
まあ、こんなある種の戯言が言えるのは、仕事を休んでいてもサラリーマンで給与保証があることと、社会保障が手厚い国だからだというのは認識しています。
◆環境を変えること◆
大抵の人は「自分が救急車で運ばれて数ヶ月入院するかも」という想定と各種の準備はしないもんじゃないでしょうか。私は交通事故への備えはしてましたけど、入院は考えてませんでした。そういう意味では、軽症だったのもあり、強制的な環境変化は新しいフレーミングを得ることになりました。
すなわち「老いと病気」を擬似的に体験することです。言い換えれば、現在の日常生活が維持できない状態になるというのはどういうことかということです。「自由」が大幅に減退して、認識を再構築するプロセスが必要でした。
大抵の人は大学院で勉強するとか、転職するとか自分の人生をプラスにするために自発的に「環境を変える」のかなと思います。そうじゃない環境の変化というのを40歳を超えた現在では備えた方が無難だなという感想です。これからの人生であり得るイベントを想定して備えておく必要があるかな(社会、仕事、家族、その他)。
◆復帰する日常生活◆
ここ数年の日常生活に「胸の踊るような変化がない、飽き気味」だと感じていて、復帰してもそれは変わらないと思います。
ただ、ケガして分かるのはその飽き気味の日常が大事だし、帰る場所なんだなと思います。いずれ、帰れなくなる日が来るまではそこが帰還場所なのはありがたいことだと入院生活の経験で一番感じたことかな。
2020年第11週を振り返る
春分の初侯。
外出禁止のため、窓の外の風景と天気をぼうっと見るだけ。
先週金曜日に個室に移ってからは、ぐっすり眠れるし、通販で欲しい物を注文して快適な生活が手に入りました。お金が許すなら個室ですな。
そして、1ヶ月ぶりに機械の力を借りて両足で歩きました。かなり軽めの負荷だけど、ケガした方の筋肉が痛い。骨折って場所によるけど、面倒ですね。
◆自己管理◆
ジム:7回(通年:48回)
禁酒:7回(通年:60回)
毎日、リハビリ(自主含む)で疲れ切って消灯前に眠る日々。
その割に便秘もあって、体重の落ちはグラフの傾きに現れていないかな。
◆仕事◆
4月からの体制も固まり、俺が不在で繁忙期に苦労をかけるなあ、と。まあ、作業自体は大してしてないんだけど。
◆家族◆
はじめてLINEでテレビ電話的なものを。久しぶりにリアルタイムで動いている息子を見る。
◆趣味・娯楽◆
待っていたiPad Pro の新製品が発表に。12.9を買い替えて、11はどうしようかなあ。
「楽しみにしていたビッグマックを食べて2日間リハ休止した人がいる」とスタッフとの雑談で。なんというか、食べ物については「解脱した」なあと思ったり。退院しても食べたいのがない。まあ、ここ数年、外食の味に飽きてたからちょうどいい区切りかもね。でも、コーヒーはおいしく感じるのでやめられないんだろうな。
通販で、売れ筋のBluetoothスピーカーを注文して、2回使って使用断念。コーヒー(嗜好品)がまずいのに耐えられないのと一緒でバランスの取れてない音が鳴っているのは不愉快なだけ。値段が高くても専門分野の評価を得ているものに限定するべきだと感じました。
◆資産◆
ずっとしようと気になっていた資産運用の気になっているところを確認。とりあえず放っておいてよさそう。
ジュニアNISAを始めたい。3地域均等かな。
◆その他◆
2020年3月15日日曜日
2020年第10週を振り返る
啓蟄の末候。病室の窓から見る風景も春を感じるようになってきたかな。
外界から隔離されて、眺める窓の風景は子供の頃に感じたことを思い出したり。
療養生活で大好きな県北で2〜3月限定の清酒を蔵元で買って飲むことができず残念。前に飲んだときは県北補正係数がかかって衝撃的においしかったなあ。1年損した気分。
◆自己管理◆
ジム:6回(通年:41回)
禁酒:7回(通年:53回)
◆仕事◆
問い合わせに回答を頻繁にしているという意味ではテレワーク的な。
まあ、その程度はしないとかな。
友達のオーディオマニアは激務のところに派遣されると落ち込んでいたので、「期待されているからだよ!」とアゲて壮行に。まあ、俺もそこに派遣されるのは嫌だけど、友達としての役割を果たした。
◆家族◆
奥さんから送られてくる息子の写真が楽しみ。本当は土曜日に写真館で記念撮影の予定が新コロのせいでキャンセル(俺が外出禁止になったのもある)。代わりに奥さんが白いシーツで工夫して写真を撮ったのが秀逸。これも今年だけの記念かもね。来月、写真館に仕切り直しで行く予定。
◆趣味・娯楽◆
個室に移ったことで、音楽をイヤホンでなくスピーカー(といってもiPad Proで流すぐらいだけど)でかけていいのがありがたい。テレビは1ヶ月以上観てない。
huluの「Alone」第3シーズンを続けて観ました。若い娘さんの「変人と言われても貫いて頑張りたい」的なセリフにかつての自分を思い出したり。
Kindleの積ん読本の処理は飽きてきて(発見が少ないから)、サボったかな。
大盛りを食べる動画で、中学の同窓生が20代の頃に挑戦した店が登場。おかみさんの腰が曲がってて月日が立ったのを感じたり。その店の大盛りにかつてはチャレンジするかと思ってたけど、地元の思い出のある店の大盛り(これもよく取り上げられる)でいいや。高校生の頃、チャーシュー麺とチャーハンの大盛りそれぞれ頼んで撃沈したのが懐かしい。まあ、大盛り一つだけなら今でも食べられると思うけど、進化しているんだろうか。
◆資産◆
手持ちのキャッシュでTOPIXを買い増し。微々たるもんですけど。
2020年3月8日日曜日
2020年第9週を振り返る
今週は前半、寒かった日もありましたが、啓蟄になり外は春めいている感じ。
療養生活もリズムが掴めて、「ひどく退屈」ということはなく過ごせてます。まあ、娯楽は動画に音楽、マンガにラノベ(電子書籍)、パソコンといろいろあるんで。
ある経営者が1年に1回、断食道場的なところで1週間ほど過ごすと聞いたことがありますが、似た感じです。世間や家族から隔離されたところで、長期間過ごすというのは社会に出てからほとんどなかったし、ある意味、いい機会になっているのかもしれません。日常生活で自分が意識しないでしてたことが「とらわれていた」なあと感じることも。環境が劇的に変わると、気付きが色々あるものかな。
金曜日から転院して、補助運動で療養する生活に。病院のユニフォームが養護施設系なので、数十年後を先取りして経験させてもらって感があります。
そして、大部屋で過ごしているんですが、人柄の悪い人はいないんだけど、いびきがすごい。いびきの大きい人とは一緒の部屋で寝られないなあというのが感想。
◆自己管理◆
ジム:6回(通年:35回)
禁酒:7回(通年:46回)
※ジムは500kcalぐらいの運動をしていれば代替としてみなすことに。
胃が小さくなって、甘味もジャンクフードも久しぶりに食べても感動がない。お酒はどうなんだろう?飲まない方がいいかな。
◆仕事◆
療養生活につき、してない(かな)。
8時間、自分の席にいなければいけないことに疑問を(前からだけど)感じる。
今の仕事内容だと副業も時間的にはできるなあと思ったり。
トラブル処理とも呼べないレベルのことを上司にしてもらう。
◆家族◆
色々と助けてもらってます。おひとりさまだったら、相当、エネルギー使わないと厳しかったなあ。
◆趣味・娯楽◆
Kindleの積ん読本を片っ端から読んだ(超ななめ読み)。
昔の映画をアマゾンプライムビデオで。先週観た「トゥルーマン・ショー」は涙が止まらない。息子が生まれて尚更。
◆資産◆
コロナ騒ぎで株が乱高下。資金を追加投入したいけど、地銀は窓口に行かないと下ろせない。まあ、機会はまた巡ってくるでしょう。
2020年3月1日日曜日
ケガと入院雑感2
◆反省と振り返り◆
チャリでコケて怪我をしたんですが。
1.長距離移動してるときに集中力が切れていた。
勤務先はド田舎で、歩行者を見てない車が結構いるので気をつけて歩いてます。
ママチャリで新潟市内を移動しているときは大して気をつけず乗っていたなと反省。
昔、ロードバイクに乗ってたときはタイヤが細いので注意してたんですが。
車と違って自転車は安全性能は自分で担保するしかないので、一般的に危ないと言われるシチュエーション(段差やマンホール、白線上とか)は集中するべきでした。通勤が4時間かかるようになって、普段の移動時にママチャリを漫然と乗っていたことに反省。
2.採用する方針の偏り
ここ数年、自分に居心地のいいところにいて、変化は全然求めてませんでした。
なので、そこで採用する方針(ヒューリスティクス)というのは無意識ベースに基づいたもの。ちょっとやってエラーが出たら修正するみたいな。
大抵の分野(仕事やプライベート)でそのまま通用するので、全般その方針で処理してたけど、偏り(バイアス)があったなと。
「これは大事」という分野について、きちんとした方針を調べて、判断し、採用するということがほとんどなかった。その乏しさが今回の件につながったというところも反省点。
ここは入院生活の中でKindleの積ん読本読んで、過去の読書で得た知識を思い出しました。
◆入院生活◆
弟が見舞いに来たとき、術後はおむつなので「子どもに戻った気持ちで」と言ったら、「何十年後の先取りかもよ」と言われて、そうだなあと。
なんというか、頭がしっかりしてるから大部屋(4人)でも、ガジェットに囲まれ、身の回りを整え退屈せず過ごせてるけど、40年後、同じように病室のベッドの上で過ごせる自信はないなと感じました。
また、回復は子供の頃の入院(足の手術)と同じく回復トラックを順調に進んでいますが、一進一退という人も同室には。
そして、ベッドの上で過ごす入院生活というのはこれまでの生活と比べると「自由の著しい減退」を感じます。
できるだけ健康を維持しようという大きなモチベーションになりました。
◆食事◆
味覚過敏気味なんですが、意外と不満がありません。
ウイークディは修行だと思って、必要な栄養素の取れる食事だけ(朝昼のメニューはほとんど変更なし)なので。
そして、出てくるご飯を半分にして過ごしてたら、体重が大分、落ちました。まあ、1,500kacl以下だからなあ。
また、胃が小さくなって、さっきカップ麺を食べたら学生時代以来の「食べ過ぎの苦しさ」を経験しました。
普段の食事の量(例え、野菜でも)を見直した方がいいなあと思った次第。
と、気づいたところはこんな感じかな。
追記
◆家族のサポート◆
救急車に乗り、着の身着のまま入院しました(服は汚れてたので奥さんが持って帰り、病院からの寝間着以外ない)。
おひとりさまをしてたら、どうだったんだろうと想像します。老親や弟がいるし、病院のレンタルや売店を駆使すればとりあえずなんとかなりますが、頼める人がいない場合、高齢おひとりさまの場合は普段の仲間作りが相当大事だと思います。
私みたいな付き合い無精な人間が一番困るのはこういうときだなあと思ったり。まあ、いざというとき頼れる仲間というのも浅い付き合いで得られるのかは分かりませんけど。
チャリでコケて怪我をしたんですが。
1.長距離移動してるときに集中力が切れていた。
勤務先はド田舎で、歩行者を見てない車が結構いるので気をつけて歩いてます。
ママチャリで新潟市内を移動しているときは大して気をつけず乗っていたなと反省。
昔、ロードバイクに乗ってたときはタイヤが細いので注意してたんですが。
車と違って自転車は安全性能は自分で担保するしかないので、一般的に危ないと言われるシチュエーション(段差やマンホール、白線上とか)は集中するべきでした。通勤が4時間かかるようになって、普段の移動時にママチャリを漫然と乗っていたことに反省。
2.採用する方針の偏り
ここ数年、自分に居心地のいいところにいて、変化は全然求めてませんでした。
なので、そこで採用する方針(ヒューリスティクス)というのは無意識ベースに基づいたもの。ちょっとやってエラーが出たら修正するみたいな。
大抵の分野(仕事やプライベート)でそのまま通用するので、全般その方針で処理してたけど、偏り(バイアス)があったなと。
「これは大事」という分野について、きちんとした方針を調べて、判断し、採用するということがほとんどなかった。その乏しさが今回の件につながったというところも反省点。
ここは入院生活の中でKindleの積ん読本読んで、過去の読書で得た知識を思い出しました。
◆入院生活◆
弟が見舞いに来たとき、術後はおむつなので「子どもに戻った気持ちで」と言ったら、「何十年後の先取りかもよ」と言われて、そうだなあと。
なんというか、頭がしっかりしてるから大部屋(4人)でも、ガジェットに囲まれ、身の回りを整え退屈せず過ごせてるけど、40年後、同じように病室のベッドの上で過ごせる自信はないなと感じました。
また、回復は子供の頃の入院(足の手術)と同じく回復トラックを順調に進んでいますが、一進一退という人も同室には。
そして、ベッドの上で過ごす入院生活というのはこれまでの生活と比べると「自由の著しい減退」を感じます。
できるだけ健康を維持しようという大きなモチベーションになりました。
◆食事◆
味覚過敏気味なんですが、意外と不満がありません。
ウイークディは修行だと思って、必要な栄養素の取れる食事だけ(朝昼のメニューはほとんど変更なし)なので。
そして、出てくるご飯を半分にして過ごしてたら、体重が大分、落ちました。まあ、1,500kacl以下だからなあ。
また、胃が小さくなって、さっきカップ麺を食べたら学生時代以来の「食べ過ぎの苦しさ」を経験しました。
普段の食事の量(例え、野菜でも)を見直した方がいいなあと思った次第。
と、気づいたところはこんな感じかな。
追記
◆家族のサポート◆
救急車に乗り、着の身着のまま入院しました(服は汚れてたので奥さんが持って帰り、病院からの寝間着以外ない)。
おひとりさまをしてたら、どうだったんだろうと想像します。老親や弟がいるし、病院のレンタルや売店を駆使すればとりあえずなんとかなりますが、頼める人がいない場合、高齢おひとりさまの場合は普段の仲間作りが相当大事だと思います。
私みたいな付き合い無精な人間が一番困るのはこういうときだなあと思ったり。まあ、いざというとき頼れる仲間というのも浅い付き合いで得られるのかは分かりませんけど。
ケガと入院雑感1
◆はじめ◆
2週間ほど前に路上でコケて打ちどころが悪くて、骨折しました。
立ち上がれないので人生で初めて救急車を呼んで、すぐCTを撮ったら先生から、
「骨折だね。数ヶ月かかるよ」と言われて「え?」と。
足回りって全体重が乗るから、慎重にリハビリしないとなんですね。リハビリの計画書を読んだらほぼ3ヶ月かかる計画になっていました。
俺、仕事あるんだけどなあと思いつつ、対応できる病院へ転送。数日後に手術。
◆手術前◆
下半身が動かない。で、ベットで寝てるだけ。床に落ちたものも拾えないし、視界は自分の前方だけ。ベットの後ろは見れないのでVRの180度動画を観てる気分。
トイレに自分で行けないというのはつらいもんだなというか、大きい方は1週間ぐらい出ません。とりあえず個室が空いてたので、手術までそこで過ごす。
病棟が救急用途だから、夜暑くて眠りづらい。汗をかいて寝てたら巡回の看護師さんが「汗かいてますね」と笑顔でハンドタオルを差し入れしてくれて、気持ちが動いたことです。
◆手術(中)後◆
麻酔がかかると30秒ほどで意識がなくなって、目覚めたら手術終了してました。
重症でないので、予定より短い手術時間だったとか。管だらけになって1日個室。その後大部屋に移動。術後2日間はややつらかったかな。くしゃみをすると切ったところ(下腹部)がボクシングのボディブローのように痛い(打たれたことないけど)。
その後、リハビリ開始。初めは足が動かないんだけど、動かし始めると一気に動くように。PTさんからは「この足(ぶっとい)なら動くと思ってました」と言われる。まあ、普段から無駄かつ過剰に運動してるから。
というわけで、痛いところはあれど、動くようになってきたのが現在のところ。
2週間ほど前に路上でコケて打ちどころが悪くて、骨折しました。
立ち上がれないので人生で初めて救急車を呼んで、すぐCTを撮ったら先生から、
「骨折だね。数ヶ月かかるよ」と言われて「え?」と。
足回りって全体重が乗るから、慎重にリハビリしないとなんですね。リハビリの計画書を読んだらほぼ3ヶ月かかる計画になっていました。
俺、仕事あるんだけどなあと思いつつ、対応できる病院へ転送。数日後に手術。
◆手術前◆
下半身が動かない。で、ベットで寝てるだけ。床に落ちたものも拾えないし、視界は自分の前方だけ。ベットの後ろは見れないのでVRの180度動画を観てる気分。
トイレに自分で行けないというのはつらいもんだなというか、大きい方は1週間ぐらい出ません。とりあえず個室が空いてたので、手術までそこで過ごす。
病棟が救急用途だから、夜暑くて眠りづらい。汗をかいて寝てたら巡回の看護師さんが「汗かいてますね」と笑顔でハンドタオルを差し入れしてくれて、気持ちが動いたことです。
◆手術(中)後◆
麻酔がかかると30秒ほどで意識がなくなって、目覚めたら手術終了してました。
重症でないので、予定より短い手術時間だったとか。管だらけになって1日個室。その後大部屋に移動。術後2日間はややつらかったかな。くしゃみをすると切ったところ(下腹部)がボクシングのボディブローのように痛い(打たれたことないけど)。
その後、リハビリ開始。初めは足が動かないんだけど、動かし始めると一気に動くように。PTさんからは「この足(ぶっとい)なら動くと思ってました」と言われる。まあ、普段から無駄かつ過剰に運動してるから。
というわけで、痛いところはあれど、動くようになってきたのが現在のところ。
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