link href="https://maxcdn.bootstrapcdn.com/font-awesome/4.7.0/css/font-awesome.min.css" rel="stylesheet"/

2011年12月31日土曜日

よいお年を

デスクトップ、注文しちゃった。
ゲームするわけじゃないんだけど、
現状のPCで最速コンボが出せる
ぐらい、荒馬なの。

1年経つのは、早いなと今年は感じ
ました。

大きな話題を出すと、いろいろあり
ますが、それは胸の中に。

身近な自分の足場を大事にするこ
とが、大きな状況への貢献になる
面を信じて、活動していきます。

来年を迎えるのに、まだ、ワクワクする
ことができるのはいいことなんでしょう。

今年もいろいろお世話になりました。
よいお年を。

2011年12月29日木曜日

フランクリン雑感

冬は、寒い。
年齢を重ねると寒さが応える
んかねー。

と、世界史の勉強の成果として。
B・フランクリンという人がいます。
アメリカ独立戦争時に活躍した人です。

いろいろ書いてくと長くなるんですが、
すげー人です。興味があればググッて
ください。

自伝に際しても、夜郎自大になることなく。
「すべてのヤンキーの父」と呼ばれるのが
分かります。

彼の自伝の一番、有名な部分からインスピレーション
をもらいました。かっちりと形になったなーというところです。

カエサルの『ガリア戦記』もすごかったけど、より時代の近い
こっちは身近なだけに、素晴らしかった。

周りにいる人たちと分かち合えないのが残念です。

納得しているんで、端的な感想なんですが、「承認・名誉
は希少財だ」ってことですね。欲しい人が、がんばればいい
と思います。

それでも、自分が考えたことは会話の中で、修正できるの
が一番いいんだけどねー。そもそも会話のネタにならん
ところで終了だわ(´・ω・`)

2011年12月25日日曜日

きっとよくある光景

四象限のグラフで、全部
分かるなら小学校3年で
義務教育は終わりでいいよ。

「この文房具屋、なんでこんなに
(地方で分不相応に)品揃えいいんだ
ろう?」と謎だった店があるんですが。

若社長が、ボンボンだったんですね。
利益率が低いのを本来なら派遣で対応
するのをバイトで茶を濁してるのか。

理想を実現するのに足元は、お寒い
ですなー。三代目になるとなんとやらで。

古今東西、各種文献を引用するのもいいことです。
でも、それに見合った魅力的なビジネス
展開をしてほしいわ。

総合力

すげー雪だよ。昔、老後は太平洋側に…、
って思ってたけど、しがらみが見えると
無理だね。一年の三分の一を鉛色の空の
下で過ごすわ。

Numberというスポーツ雑誌があります。
グラフィカルかつ(一見)綿密そうに見える記事で、
結構あちこち(書店、図書館、スポーツクラブ)置いて
あります。

正直、クオリティマガジン(高級雑誌)じゃないから、
姿勢はブレブレというか、風見鶏で一定の見識は
ない雑誌なんですが、多分、取材の金が結構いいんだね。
インタビューは読み応えがあるんで、立ち読みメインで
結構読んでます。

今回の室伏広治のインタビューがよかった。
ちょうど、最近エントリで悶々と悩んでたことを、スカッ
と表現してくれてるなーと思いました。
それが、エントリタイトル。

砲丸を投げる時、体に350kgの負荷がかかるそうです。
でも、心技体が揃っていると負荷をゼロに感じるとか。
そこで、室伏さんが言っているのが「総合力」。

高校野球で、レーダーチャートで「攻撃力、守備力、etc…」
と分析するみたいに、各要因をそれぞれで高く積み上げて、
その総合パフォーマンスを調和させることで「総合力」を引き出す。

別のブログで書いたこととほぼかぶっているんで、我が意を得たり
という感想でした。ま、世界1位になる人とは、結論から引き出せる
教訓が雲泥でしょーけど。

自分がしたいことのトータルが見えたように思いました。
そう、「総合力」で勝負する生活が送りたいんだよ。
というわけで、明日から出家します。悟りを開くまで帰ってきませーん( ´∀`)

2011年12月23日金曜日

引かれ者の小唄

三宝のオードブルは、もうとらなくていいや。

で、エントリタイトルってどれくらいの人と、
共有できるんでしょっかね?

江戸市中を裸馬に乗せられ、死罪を受けるヤツが、
強がって歌う小唄から、敗者の強がりに転じてる
んですが。要するに「負け惜しみ」です。

現代社会びっくりするのはこんなのも、娯楽として
消費されるんですね。

楽しいことはいいことです。
でも、一生関わらなくて済むなら、関わりたくない
なーと思います。


2011年12月22日木曜日

徳目

運転免許、更新してきた。
いろいろ口を挟みたくなるが、
ま、旧ソ連ほどじゃないところで
よしとしようか。

で、エントリタイトル。
かつての教育勅語では、「徳」を
実現するために、その細分類たる
「徳目」が書かれてたそーです。
教育勅語自体はいいこと書いてある
みたいなんだけど未見。

前のエントリとカブるけど、「一般から
特殊」という演繹はえらくエネルギーが
かかることです。徳目は、まさしく演繹。
各目が「一般的に正しい」という前提から
個別案件を解決しようとするから。

これは統治の方法としては失敗だと思います。
各個人によって受け取り方の温度差があるものは、
大きな強制力を発揮できないから。

「これやったら、免許剥奪になる」というのであれば、
強制力は働くけど、「受け取り方は人それぞれ」は
ダメ。そういう意味で、法律の判例に意味があるんだ
なと、法学部パンキョレベルの確認をさせてもらったわ。

社会全体の話を外れて、身近な話だと徳目は活きて
くるなーと思います。端的に「道徳」じゃなくて「倫理」
であれば、今までの世代の積み重ねとして受け取れる
から。

身近な議論を全体にすり替える話はワイドショーだけで
十分ですね。SNSは間違ったことを大声で言うのが正義
として通るみたいです。古代ローマ帝国の末期とどちらが
ひどいのかは、専門家か後代の歴史の教訓かで検証
してほしいですわ(・∀・)

2011年12月20日火曜日

答えに困らない

人間も冬眠できるといいのにね〜。

拙母は、仕事を引退して地元の民生委員を
ここ5年ほどしています。

生真面目な性格の人なので、いろいろな相談に
親身にのってるみたいです。

生活する上で困ったことのある人たちの話を聞く
というのは、しんどいことだと思います。間接的に
聞いてるオレがしんどいので。

今も困った案件を抱えていて、ときどき話を聞く
ことがあるんですが。

なんというか、聞いてて「答えに困らない」なとは
思います。基本、聞き役なんで、悩んでることを
気持よくしゃべってもらうのに徹してます。

新しい次元をみんなで切り開かなきゃ!とか、
人類がこの地上で実現したことのないことじゃ
なきゃ解決できない話じゃないんです。

今の日本で、他の先進国と比較すると、社会の
機能として劣っているのは、身近な集団を超えた
ところでの、協働がないことなんでしょうね。
日本の人口の98%が家族と友達以外は興味ないから。

社会を維持するのに上手な協働のあり方(個々人に過度な
負担を強いない)を模索することもいいことです。

しかし、中間集団の強い国だよなー。よくもあり、悪くもあり。
ケセラセラですかねー。

2011年12月19日月曜日

規矩と克己

雪は移動が面倒だなー。

超お固いエントリタイトルですが。

前に読んだエッセイで、「規矩という言葉
が好きだ」と書いてた学者さんがいました。
矩を踰えずですか。

自分を律する言葉として、素敵な響きだな〜
とは思いましたが、ちょっとかっこよすぎだな、
なんて。エッセイ書いた学者さんはその
分野では超ダンディかつ幅広の学識で有名
な人なんで、似合う感じですけど。

どちらかというと泥臭い「克己」のほうが好き
だなとふと、今朝感じました。
矩のところで踏みとどまるより、未熟な己を超え
る、分不相応を不遜に望むという姿勢のほうが
性に合っている。

満足してないから、不満があるから、それを
超えたくてファイティングスピリットが湧いてくる。
そんな姿勢が好きなんだなと思いました。
10代の頃が懐かしいね(・∀・)

2011年12月18日日曜日

帰納と演繹

なぜかあほなMS IMEに切り替わってる。
エントリタイトルも変換できないんだよ。

久しぶりに数学の啓蒙書を読みました。
数学だけじゃなくて、今の技術革新を
受けた今後の社会や雇用についてですが。

センスのいい人っているもんですね。
専門分野以外での主張も筋が通っている。

と、エントリタイトル。
ざっくり言えば帰納は「特殊から一般」
演繹は「一般から特殊」を主張なり証明すること。

たとえば、明日も東から日が昇るかというのは、

「今まで生きてきてずっと東から日は昇ってきた
から(自分の経験という特殊)、明日も東から昇る
だろう(一般)」→帰納

「(北極星から見て)地球は反時計回りに自転している(一般的に
正しい)から、明日も東から昇る」→演繹

人間の認知処理メカニズム一般について、いろいろ
考えました。演繹ってエネルギーいるねぇ。

いろんな制約条件に耐えて、シンプルなモデルを作るというのは、
エネルギーのいることですね。帰納と演繹のレシピが絶妙じゃ
ないとできないんだなー。


2011年12月16日金曜日

教育論は難しい

日曜のクラブワールドカップ決勝が超楽しみ。

と、エントリタイトル。
理想的な教育とはなにかという結論は一様に
でないのかなーと思います。
子どもは個性があるから。

前にも書いたけど、ヴァイオリニストの教育で、
ある子は競争心があるからコンテストにバンバン
参加させる、別の子は先生について、深く学ぶの
が向いてるから、じっくり個別レッスンとか。

もちっと敷衍すると、学校じゃなくて早く社会の中で
働くことを学ぶのが向いてる子がいてもおかしくない
と思います。

すぐ働くより、学校という場を通じた教育を
受けたほうがその子のためだというのがお決まりに
なってましたが、そうかなぁ?と疑問にも思います。

ま、大人も1回80年ちょいの限られた人生の経験ぐらい
からしか教育論を打てないから、子どもたちは今ある環境
から、たくましく成長して欲しいと思います。

教育論読むと「オレはこういうやり方が向いていたから、
子どもにやらせろ」としか読めないんだよねー。
もって生まれたものは人それぞれなんですよ。
それを認めるところから改善しなきゃなんじゃねーのー。

2011年12月12日月曜日

議論するとは

今週末はピザが食べたい。

 

こないだ帰りが会長と一緒になったので、

雑談がてら専門分野の一部であるTPP

について教えてもらおうと思って話題を振ったところ、

 

「TPPはできるだけ議論するのを避けているんです」

と、ややつらそうな顔で。

 

確かに、かまびすしいネタなので、結論ありきで、理由は

後付けみたいな「ああ言えば、こう言う」話に付き合わされる

ことがほとんどなんだろうなと思いました。ま、世間の話題は

「先に結論」というのはよくあることです(当然、他人だけで

なく自分も)。

 

しかし、それはそれとしてオレと会長の間柄なので、

いくつかの論点を巡り議論しました。

 

会長とは共通認識だと勝手に思っているんですが、「議論する」

ってのは自分で前提を調べて積み上げて、結論まで至った段階で、

それらの前提ひとつひとつ、あるいはそれらの前提のつなげ方が

妥当かどうかを複数人で検証する作業だと思います。

 

だから、「結論が(社会的正義の観点から)正しいかどうか」

やその人の社会的(あるいは政治的)立場は正直、どうでもいい。

会長とオレのTPPの認識は正反対だし、合意もないけど、議論は

成立してます。

 

参加者1人1人がきちんと調べて、よく考えてあり、「なにが論点か」が

絞られている議論に参加するのは楽しいことですね。

 

仕事であれば、「ああ言えばこう言う」的話は自らせざるを得ない

シチュエーションもあるけど、仲のよい友人との会話では自分からは

しないことにしてます。

 

だから、朝生はどれだけ興味深い話題でも、普段フォローしてる人が

出ていても主義として観ません。ディベートは軽蔑します。証明責任が

どちらにあるとかテクニックは参考にするけど。

 

ただでさえ、狭い世間をさらに狭くしてますが、狭いままで一生終わりたい

気持ちです。

 

 

2011年12月10日土曜日

たまには振り返って

体を動かしてないなー。

本を読むのは好きなんだけど、
まったく会話のタネになることがありません。

本多勝一がかつてのアイドルだったと言って共感
されることは100歳過ぎるまで生きてもないと思います。

と、膨大に同時代・同世代のシンパシーを得ることのない
生き方をしてきたんですが。

それでも、数ヶ月に一回くらい書棚を巡るのはいいもんですね。
三十代半ばまで生きた軌跡の中で、手元に置いておきたいものが
あるということは。

数十年後、自分がいなくなったときに、次世代に残せるような
蔵書はないなー。学校の先生というのは、偉大だっただなと
思いました。亡くなったときに、地元の図書館に寄贈できるような
コレクションがあるといいかもしれませんね。

歴史的知恵袋

うーん、1ヶ月予定をずらそう。

カノッサの屈辱
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E3%82%AB%E3%83%8E%E3%83%83%E3%82%B5%E4%BA%8B%E4%BB%B6/

有名な歴史の事件で、司教の叙任権を巡って、
皇帝(ハインリヒ4世)と教皇が争い、教皇が皇帝を
「破門」して、皇帝が破門を解いてもらうため、カノッサを
訪れ、雪の中、3日間立ち続け、許しを願った事件。
ま、さすがに雪の中3日間てのは、ないと思いますが。

なんで、皇帝はそこまでしたのかというと、当時のドイツ(
神聖ローマ帝国)で諸侯の力が強く、破門を機会に廃位決議
されちゃって、立場が極めてまずくなったからという理由。
そのぐらい「破門」に社会的意味があったのと、それをダシに諸侯が
政治的駆け引きの材料にしたという話。

教皇権は、その後、諸侯が没落して、中央集権的に王様が強くなる
につれ、衰えていく。ついには(教皇の)バビロン捕囚みたいなことも起きちゃう。

ふ〜んて感じかも知れませんが、これが今の部署で結構役に立つ知識なんです
よね。オイローパ史みたいに権謀術数じゃ到底ないけど、パワーバランスを
とらないで徒党を組まれるとマジでてーへんなんで。あと、どういう状況の変化が、
パワーバランスに影響を及ぼすか。そういう意味で、今年の我が部署は外部状況の
変化で権限が強大になったなぁ。そのうち、捕囚されるかもしらん。
歴史を勉強しといてよかったっちゅーこってすわ( ´∀`)

2011年12月9日金曜日

The best & The brightest

成果品提出。
2週間くらい段取りつけて生活できるか。

優秀な、打てば響く人を100人集めて、その人
たちだけで、一つの集団を運営することは、
効率的か?

全く外部サービスが当てにできないと、役割分担で
トイレの掃除や、セクション間の伝達みたいな使いっ走り
にも「打てば響く」ような人間を充てないといけません。

これ、下記エントリのパクリですけど

なにが言いたいかというと、問題解決能力をもった人間は、
オレ以外にもいるのに、ポジション的にオレが担当になって
るなーと。

年配の人との雑談で、団塊の世代というのは人間多いから
変わったことをしないと目立たないし、ポジションが確保でき
ないという話を聞かせてもらったことがあります。

変な余裕は見せないで、ガツガツやるのもいいことだと思います。
楽してる人間の話はほぼつまらないから。


2011年12月4日日曜日

全力でやれ

金曜日の忘年会、帰れなくて
ホテル泊まっちゃった。予想外に、
楽しかった。

お仕事してて、いつも不満なのが、
「仕事を犠牲にするな」ということ。

いい仕事をしたから、給料が上がるわけ
でないので、受身になるのはわかるけど、
「指示されてないから」と言われると、総毛
立って腹が立ちます。

給料で跳ね返らない分、今いるところのポスト
で組織は「こいつを評価してるよ」というシグナル
を送る。

そのポストにいるのが、仕事を犠牲にして、人間関係
とるのに歯ぎしりを覚えるな〜。

いい仕事するために人間関係を良好にしておく必要がある。
人間関係を良好にしておくために仕事が犠牲になるのは、
本末転倒だ。

ま、全力で取り組めば、全部解決できるんだよ。
7割の力しか発揮してなくて、大所高所の議論を
するのはケツが青いんじゃねーの〜??
今の生活で、最大級に不満なとこです。

会わない人への配慮

G+、1行の折り返しが厳しい。
スマホで見ると、段落がグダグダ。
twitterとかと一緒なんか。

と、小さい図書館に本日、訪れました。
新潟県内の図書館はだいたい覗いてるけど、
今回初めての探訪。

ここに限らず、旧城下町のとこの図書館は
「おっ」と唸りたくなるのが置いてあることが
しばしば。

王道の全集だけでなく、その分野で「これ、
いいよ〜」と一般人は集めないようなのが、
置いてあることがある。

で、たいてい寄贈なんですね。
推察するに、地元の高校の先生などが、手元に
置いておく必要がなくなった(お亡くなりになって
遺族が)ので寄贈してるんだと思います。

図書館を訪れて、そういうのを発見するたびに
すごく感動するんですね。自分の残したものを
家族や友人といった「横」の関係でなくて、会った
ことのない次世代という「縦」の人たちへの贈与する
行為が。

そのような篤志の積み重ねで図書館の厚みが増す。
多分、高校生が読むことはないだろうけど、いい環境で
勉強してるんだよ。ちなみに村上春樹は、世界史は、
中央公論社の『世界の歴史』を丹念に読んで勉強した
そうで(父親が持ってたから)。

海辺のゆっくりした時間をしばし味わいました。

2011年12月1日木曜日

負けた

仕事のことはSNSでは書けないわ。

結論を決めてかかったのが、悔しい。
トップが2回、「どう思う?」と、多分助け舟を
求めていたのに。

おれ、チームスポーツしてなくて、こういう連携が
疎いんだな。
悔しい日でした。